平成の東京裁判 其の四
「偽」法治国日本
皆様、早いもので平成二十年ももう一月が過ぎました。「偽」の平成十九年を引き継いだような世相の中、どのような新年を迎えられましたか?
遅ればせながらお伺い致します。
俺の平成二十年元旦は、人生で最悪でした。裁判官も悪党の片棒を担いだ「偽」法治国日本の暗黒司法に対して、ぶちきれそうになる俺でしたが、俺の真実を認めてくれるレディウルフこと中西玲子女史が支えてくれるので、なんとか平静を保っていられます。そして大きな信義が俺を助けてくれました。世間が「暴力団」とレッテルを貼っている任侠の人たちです。
袴田事件、富山の強姦事件、鹿児島の選挙違反事件等々、相次ぐ冤罪の製造です。裁判官が「有罪」を宣告すると、罪もないのに服役させられ、最悪の場合は首を吊られる。一生を台無しにされる冤罪の製造の一番の責任者は、警察でも検察でもない裁判官であるということ。多くの日本国民はそれに気付かず、警察・検察レベルの責任追及で終始している。従って裁判官は人の一生を台無しにした責任をとらされることもないから、自分達で調査もせずに、唯々諾々と警察検察(力のあるほう)の証拠だけで楽をして(冤罪の場合の責任回避も兼ねて)判断する。被告(力のないほう)の訴えは、よほど確たる証拠がなければ、一顧だにしない習性が出来上がっているのである。それは民事でも同じだ。否、直接人権が侵害されない、いわゆるたかが金の問題の場合は、それが露骨になされている。騙したほうが勝ち、騙されたほうが悪い、という世界なのだ。賄賂が罷り通る非文明国の裁判と大差のない世界、そして徳島刑務所の虐待に象徴されるように、一度罪に陥れられたら、刑務所の中はアムネスティーが勧告するほどの、非人権的な世界というのが、日本という法治国の実情なのだ。犯罪者の更正とか権利とかは、法廷で弁護士が使う時点までのことで、塀の中は一転中国と変わらぬ非人権が罷り通るというのが、法治国文明国日本の実情だ。そしてその非人権の世界へいとも簡単に無実の者を送り込んで反省もしないのが裁判官という人種だ。
法の下に人が生まれたのではない。地域の道徳心だけでは時と場合によれば「私刑(リンチ)」の恐れがあるので、法の枠を作ったのであり、法は道徳心があってこそ、道徳心の運用と平行してこそ、生きた法となるのである。今の日本の裁判官の多くは、それを忘れている。紙と条文だけで法を弄んでいるというのが現状だ。そこに「ウヨク」「ヤクザ」「ボクサー」等々の偏見の先入観が加わる。俺の場合も不運なことに、横領の主犯悪党倉林誠治は病気を理由に外を出歩いていながら故意に出てこずに、外見はか弱い女の悪党の共犯倉林陽子が出てきたために、人相の悪い右翼の俺という、外見で、裁判官ども(東京高等裁判所民事第14部/裁判長西田美昭・裁判官犬飼眞二・窪木稔)はウヨクの偏見先入観とで、悪党の矛盾にもデタラメにも目をつぶって、否横領に加担した判決文を書いたのだ。国家は税金で横領に加担する者を養っているということだ。
この三人の裁判官(東京高等裁判所民事第14部/裁判長西田美昭・裁判官犬飼眞二・窪木稔)どもの目には、共産党国賊法匪軍団松本善明一派が何故意図的に横領に加担するウソの訴状を作ったのか?
護國團に関係のある者や協
力者の何人もを大金を使ってまで離反させたのか?
またタカハシG(山口組の中堅幹部を刺殺した者。俺と護國團で命懸けで少なからず金も使って、出所後の安全までつけてやる)、その上、「石井一昌の護國塾を継承」と、俺の名前まで名刺に使わせて
やっていた男を、裁判中に離反させた。もっとも利で釣られる奴らがその程度といえばその程度だが・・・。しかしわざわざ利で釣ってまで離反させた悪党とその弁護士どもの都合のいい言い分だけ聞き、悪党どもができない言い訳は、裁判官どもが考えてあげるというのが、公正な裁判といえるのか。昨年の日本は「偽」が覆っていたが、その仕上げが「偽」法治国日本だったのだ。
今、話題となっている「裁判に國民の参加」も俺は危惧している。裁判官に選ばれた人には時間に余裕のない人もいるだろうし、書面をろくろく理解できない人もいるだろう。結局は意図的にかいつまんだ説明だけが判断の材料とされるのではないか。丁度俺の判決文のように「始めに結論ありき」の説明をだ。その場合冤罪の可能性がより高まる。國民の間に擦り込まれている「ウヨク」「ヤクザ」等々なら尚更だ。しかも國民が参加したことで、裁判官どもはますますその責任から逃れるという構図が出来上がる気がする。実際冤罪を監視できるほど読解力や理解力のある人物が裁判員の何分の一いるだろうか。俺は冤罪防止のためには、裁判官に判決の責任を持たせるほうがよほど効果的だと思う次第である。
無実の者が刑を受けたり、本当の被害者が加害者にされたりすることのないように。
平成二十年二月三日 老狼