「庶民の日本を築く為の講座」其の五
≫常識が潰した「珠玉の心」≪
≫世界を救うのは日本のヤクザ(義・信・侠)≪
天は地に陽を射すことを忘れ
天を畏れぬ上の人 下の人々を貪り食らう
逃げる術なき地に生きる人々
地の底の火を以て これを補う
一滴の血も流さず 何人も阻止できぬ
地のうねりを起こし 天地の理を明らかにせん
(1998年5月15日 石井一昌「暗殺集団」より)
「現在の日本」を創り出した「常識」を再考しよう ! !
宮崎県民が選んだ東国原知事が吐いた「珠玉の言葉(「宮崎をどげんかせんと(どうにかしないと)いかん」)」を潰した現実。東国原知事は当選した時に、相争った敵を副知事に要望したが、公表前にマスコミが暴いたことにより、頓挫した。潰した政党の罪。恐ろしい野次馬民族・マスコミは其の罪を忘れ、今では早々と東国原知事の失脚・アラ探しに奔走・精を出している。超人はいないのに、周囲は早「息切れ」を待っている。東国原氏の言葉こそ、戦後の闇を切り開く魁(さきがけ)だったのだ
! !
アメリカを名実ともに大国に、つまり小さな国を労わる国にすることで、世界に平和が訪れる。そしてそれが出来るのは世界に誇れる伝統文化「義」「侠」「信」が存在する日本だけなのだ
! ! 「悪」は「悪」を以って制して来たヤクザ・任侠の存在が、人間の心の科学を凌駕する「人の心」なのだ
。アメリカが恐れる「ヤクザ」。それは日本以外には存在しない「侠」の心を持った悪の存在だからだ。勿論ヤクザは悪い。悪いからヤクザなのだ。禅問答のように思うかもしれないが、俺自身、ヤクザに拉致され暴行され脅されたことは数度ある。殺したいのを我慢したのも数多ある。それは「悪は悪を知る」「悪を以って悪を抑え悪を生かして」きたからです。俺自身がヤクザに生かされてきたからです。その実体験の上でなおかつ、否、その実体験があればこそ、日本のヤクザは常時「真の愛国者」であると断言できます。言葉を変えればヤクザは「悪」であればこそ、「悪」を以って日本の国を愛し守り続けてきたのです。
警察は頂点に行くほど悪い(アメリカの走狗)のと反対に、ヤクザは上に行くほど「良い」のです。其のバランスを吾が祖先は叡智で対応させてきました。大東亜戦争の敗戦までは。ヤクザが愛国者であるからこそ、以前も触れたが、大東亜大戦中に督戦隊もいないのに、兵でもないのに、部隊が全滅した後も戦死した兵の銃を執り、投降勧告にも応じずに玉砕するまで闘い続けたのです。他の國では兵でも囚人部隊やアウトローが、旗色が悪くなっても逃げたり投降したりせずに銃を執るのは、後ろに督戦隊(知らない人の為に、督戦隊とは味方の兵士が戦場離脱・逃亡しないために、後ろで銃を持って退却したり逃亡する兵を撃つ部隊)がいるか、鎖などで括りつけられて退却できなくされた場合(日中戦争時の国民党軍と、朝鮮戦争時の北朝鮮軍に多く見られた)だけだ。日本のヤクザは「民族の牙」なのだ。
「非常の英雄」なのだ。アメリカにはこのヤクザの愛国心が恐かった。だから戦後、特にソ連崩壊後、眼に見える共産主義の恐怖がなくなってからは、共産主義の防波堤としての利用価値もなくなり、徹底的に目の敵にして淘汰させようと躍起なのだ。
しかし昼があれば夜があるように、悪は生きているのです。戦後一貫してそのアメリカの走狗となっている警察庁・宮内庁は真に国賊です。しかしアメリカ追随の彼らからすれば、俺が国賊となります。日本を救うのはやっぱり日本人しかいません。そしてアメリカ発の「グローバル」の美名の下に、新たな被搾取階級・使い捨て階級とされつつある庶民こそが、この国の主人公なのです。考える力を失くした民族
は滅びます。アメリカは國の土台の庶民に、生活から余裕を奪って考える時間を作らせないようにしているのです。だから日本の庶民運動は世界の庶民に通じます。日本の庶民運動を盛り上げて、世界の庶民と連帯しようではないか
! ! 真の財界人は庶民なのだ ! ! 真実を知ろう ! !
天(皇室)を窺わず、下(ヤクザ・裏社会)に足を踏み入れず、
天下国家に生きてきた中庸の日本民族。
共に生かし、共に生き、共に栄えてきた。
平成二十年五月五日 肥やしの老狼