イージス艦と清徳丸の衝突について

 「庶民の日本を築く為の講座」其の二


 これまで一連の是非・善悪・責任論争の経緯で、大事なことがスッポリと抜け落ちていると思うのです。イージス艦の「傲慢」「不注意」等々はひとまず措いて、事故が起きた直後の対応が無視されている ! ! 小さな船が二つに裂かれ、当然乗組員何人かが冷たい冬の海に投げ出されている。戦時中ではないのであるから、人命救助が第一と考えるなら、停船して全照明を海面に向け、出来うる限りの救助策を講じたのであろうか? それにしては帰航が早すぎる気がする。圧倒的にイージス艦側が不利な状況下で、当事者の生き証人はいないほうがよく、暗黙の了解で、組織的に口封じしたか? ! その時点の対応をもっと詳細に糾明すべきだ。

 何故なら次から次から出てくるウソの報告は、客観的に見て、辻褄併せのボロが出ているという疑いをもたせる。一つのウソは多くのウソや矛盾を生むという原則を考えると、防衛省のその後は不信の極まりだ。國民の多くがあの矛盾だらけの発表に不信を持っているはずだ。國民を守るはずの軍隊(自衛隊)が、國民を危険な目に遭わせ、見殺しにしたも同然と思われても仕方ない現状なのだ。これではまだ敵に殺されたほうが浮かばれるというものだ。

 防衛省に限らず、官の上層部にとって國民は税を取り立てる対象でしかなく、彼らには自己保身と天下り先のことしか眼中にない。エイズもアスベスト被害も薬害肝炎もそのいい例だ。俺はこれまで闇に葬られてきた國を後ろ盾にしている「官」の暴力の件、嬲り殺しの件を知っているだけに大いに疑問を持つものである。

 庶民の霊に怨念が残らぬように祈る老狼八十二歳

   平成二十年三月八日


  


戻る