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『墓穴を掘った国賊、共産党松本善明法匪軍団一派』
法は道徳心で創られ、道徳心で守られるもので、法と道徳は不即不離のものなのだ。共産党法匪松本善明一派の卑怯卑劣、汚い手口は執行部の体質か?
宮本賢治の人殺しを隠し守って出世した志位。本
題のすり替えはお家芸 ! !
そもそもの発端は昨年訴状に先立つ約三ヶ月前の平成18年5月17日付けの内容証明が、悪党ユダ倉林誠治の代理人として法匪松本善明一派の弁護士横山聡から送られてきたことであった(なお日本否定の法匪軍団共産党松本善明一派の書面は西暦2006年となっているがここでは統一性の為に全て平成年号を用いる)。
事実無根、捏造の内容証明を見て、逆上するほど腹が立ったが、倉林誠治一家は中野区南台商店街ではつまはじき者で、庶民を喰い物にする有名な悪党ユダ一家であることを、共産党松本善明一派は知らずにまんまと騙されていると思い、俺は無駄な争いをしたくなかったので、護國團団長の斎藤庄一に、受取ったすぐの5月22日に松本善明一派の代々木総合法律事務所まで説明に行かせたのだが、剣もホロロに追い返した挙句、全く事実調査をしないままで悪党倉林誠治・倉林陽子夫妻の虚偽を鵜呑みにした民事訴訟の訴状を送ってきたのであった。
それが共産党崩れの篠原常一郎(行政調査新聞社政治部記者・古是三春と言う別名で財界にっぽん等に投稿もしている)により早い時期に虚偽とわかると、共産党の法匪軍団松本善明一派の名前で訴状を送達した以上、右翼の俺に、ましてや過去に松本善明と人殺し云々で軋轢のあった(俺の知らなかった過去の出来事)護國團の俺に謝罪するわけにも行かず、卑怯卑劣にも第一審で俺の代理人を務めた弁護士の河内謙策を同じ共産党の圧力で抱き込み、義を信じていた俺を裏切り騙し、ウソの証拠の上に立った法廷を演じ続け、裁判官を欺き第一審を白を黒の判決で終わらせた。
河内謙策弁護士と共産党の手先となった右翼の行政調査新聞社松本州弘配下の篠原は、俺の代わりに窓口になっていた斎藤庄一を騙して(委任状ではなく選任届を出してくれと言った)、平成18年10月2日付けで全権の訴訟委任状まで偽造作成しており、そこには「控訴の取下げも一任」の文言が含まれており、俺を騙したまま第一審で終わらせる魂胆であった。その証拠に俺が平成19年5月17日の本人尋問の時にさすがにおかしいと、これまで度々の修羅場を潜り抜けてきた動物感が知らせ、6月8日に河内謙策弁護士を紹介した篠原だけでなく、わざわざ篠原の抱え主の松本州弘まで呼んで河内謙策弁護士の解任を告げたにもかかわらず、松本州弘も呼んで告げた以上松本州弘経由になるはずが、翌日に見栄も外聞もなく「解任だけはしないで下さい」と篠原が直接俺に電話で泣きついてきたことだ。当然俺は拒否した。
しかし背任弁護士を解任して、これまでの数多くの刑事事件の経験から、上申書を出せば真実が明らかになると考えていた俺の目算は全く外れて、民事裁判と刑事裁判の違いを痛感させられたのであった。
この上は長年封印してきた「目には目」「歯には歯」で刑事事件を起こし、悪党ユダの倉林誠治一家に騙されてきた多くの人々の無念を晴らし、これ以上悪党ユダ倉林誠治一家が庶民に被害を及ぼさぬようにするのも俺の役目か?
運命なのか? 又それ以外に司法の捜査を促し、真実を明かすしかない状態でした。俺の私生活もユダに壊されてメチャメチャ、情けない状態なのです。
幾度も幾度も実行する手前でしたが、その都度『任侠』に助けられてきました。そして今回は偶然居合わせて悪党ユダ倉林の事実を知った中西女史に励まされ助けを受けて、改めて愛國運動に身を打ち込むことが本当の使命なのだと悟りました。今、俺は総てを捧げて、世界が頼りにする程の日本へと、祖國再建に打ち込む決心をしました。
俺が護國團に入って後、戦前からの喧嘩友達、偶然命を助けたこともある共産党の植村鶴吉氏と再会したが、その時受けた感銘(植村鶴吉が、土地の有力者に理不尽に泣かされていた老婆を助けて感謝されている姿・拙著「日本を哭く」に詳しい)が、俺の脳裡に刻み込まれている。そして「庶民の愛國には右も左もない」と、これまで庶民の味方で庶民に助けられ感謝されて、五十余年の愛國運動を続けてきたのだ。それを共産党の法匪軍団松本善明一派は、庶民の顔を被っているがその実は庶民を泣かせ続けてきた悪党ユダの倉林誠治と妻の倉林陽子と組んで、卑怯卑劣にもでっち上げの捏造歪曲で、俺の五十余年に泥を塗ってきたのだ。法匪共産党松本善明一派にはこの責任は必ず取らせて頂く。これはもはやチンケな金の問題ではない。右翼五十余年の俺を抹殺しようとした卑怯卑劣な法匪軍団共産党松本善明一派と、右翼の俺との思想の戦だ。法治国家の司法制度をないがしろにする共産党松本善明一派の法匪軍団との戦だ。共産党もこのような奴らが共産党を名乗っていれば、庶民の味方、弱者の味方の共産主義が泣くというものだ。
悪党ユダの倉林誠治と妻の倉林陽子にとっては最悪だったのは、当時善意の第三者であった、妥協をしない運動家の中西玲子女史が、ウソデタラメの場に偶然居合わせていたことである。中西女史は俺や護國團のような狭い右翼の世界の運動ではなく、庶民の目線では俺以上の運動を30年以上続けてきている。祖父は奈良県の市町村長会会長を務めたこともあり、出自のよい女史だ。その女史が法をもてあそぶ法匪軍団共産党松本善明一派の虚偽捏造、卑怯卑劣な仕業に対して、法治国家の正義の為に起ってくれました。百万の味方を得た心境です。
皆さんも出来ることを広めて行って下さい。庶民の運動とは人様任せでなくそれぞれが出来ることをそれぞれの立場で行うことなのです。真実を見極めて信念を持って行動してください。
『責任を執る』ということは、士(サムライ)なら切腹です。日本民族なら士なら誰でも知っていることですが、腹を切る場合は正式には?
介錯が要るのです。独りの場合は喉を裂くのです。俺は論理的な話は出来ないし、演説も出来ないが、実行はしています。
俺は卑怯は大嫌いだ。モノを言うには、道を説くには道有り。國の大事を説く共産党にとっては致命的なデッチ上げ捏造告訴状。その上に重ねる卑怯卑劣な裏切り背信。國よりも庶民よりも組織第一は、官僚だけではなく、「確かな野党」を自任する共産党も同じであった。この膿を全て出し切らないことには日本の再生はない。それには日本人庶民一人一人の自覚と声以外、誰もいないという認識を新たにしよう。
平成19年10月28日
国賊の法匪軍団松本善明一派を斃す為にますます元気な老狼
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