| 庶民の為の庶民によるどん底からの挙国一致
坂さん、村下さん、山岡さん、小西さん始め皆様、ご訪問有難う。「悪夢」のような2005年9.27のロフトからまもなく2年を迎えます。
2005年を期してアメリカ大統領による「広島・長崎原爆と東京裁判の謝罪」を唱えた愛國評論家増田俊男氏を迎え、謝罪できないアメリカの本質を、アメリカを検証する大事な、有意義な第一歩、思考の合意を生み出し智恵が生まれる会と念願していた皆の期待は、遅れて酒の入っていた増田氏の脈絡のない突然の一方的な「核武装論」でメチャメチャになってしまいました。会場は呆然・唖然としていました。ロフトの席亭平野氏からも「あの演説があるまでは、いいイベントだった。」と直後にメールを頂きました。
増田氏とはアメリカを良く識る人として在米を共にした市井の熱血愛國者清水氏によって、これより数年前に知遇を得ました。その清水氏も呆然としていました。招いた方を摘んで出すことも出来ずに、滔滔とした核武装論の独演会を聞く他ありませんでした。増田氏にすれば悪意ではなく一部右翼は単純に勇ましい核武装をぶち上げているので、「右翼=核武装」の図式のリップサービスだったのかもしれません。あるいは長年提唱してきた2005年アメリカの謝罪が挫折した苦しみもあったのかもしれません。
司会を受け持っていた中西女史は、隣からの再三再四の軌道修正も聞く耳持たずに暴走する増田氏に呆れ果て、今でも後遺症が残っているようです。私も大打撃でした。当日は第三勢力の芽として相応しい方々と、祖國日本の為に、切磋琢磨して新しい思想的な合意をする予定だったのです。己れの信条よりも祖國の為に考えを出し合う筈でした。その為に、核の被爆国として世界に声を挙げられる明大教授であり軍縮平和研究所所長である福田先生も、特に参会していたのでした。
増田氏の「核武装論」は、反核を己れの主観イデオロギーに利用し、「キレイな核(ソ連)」と「汚れた核(アメリカ)」を作り出した揚げ句、原水協と原水禁に分裂し、多くの日本人を真の反核から遠ざけた左翼ではできない、真の反核平和を担う第三勢力の中核を担う人々を失望させたのでした。その中には漸く私ども右翼に胸を開いて下されたその分野ではトップクラスの医学博士、そして爽やかで人気のある江本孟紀氏をも落胆させました。
護國團の先輩団体で、純粋な愛國団体大日本愛国党を代表して坂さんの隣に座った渡邊氏、そして舟川氏、佐郷屋一門を代表する大石氏、同氏は心の巾の広い人格者で、出自のよい筋の通った人物。また共に参会した現在の佐郷屋当主とご息女、他の熱意の方々に詫びて済むことではないのでした。どんな時でも「國の為」と二つ返事で、九州・大阪・名古屋から馳せ参じてくれている方々に申し訳なく思いました。
増田氏の言挙げ(アメリカ大統領による「広島・長崎原爆と東京裁判の謝罪」)は、祖國日本再建の核心を衝いたもので、国際法からも認められる正論であると存じます。それだけに今回の核武装論は残念でした。しかし、日本人全ての問題を増田氏一人に託した我々の至らなさでもあります。諦めずに再構築したいと思います。
夢ではない。絶対多数の声なき声を纏め上げればよいのですから。素晴らしい人たちが集い始めているのですから。
昨年外遊されていた福田先生が今年三月に帰国されました。早々に改めて大石氏と会食して固い絆の握手をして頂きました。また大石氏の肝いりで現在の大日本愛国党党首赤尾道彦氏と佐郷屋当主が固く結ばれました。日本の伝統の神輿文化を体をかけて守っている岡崎氏についても稿を改めてお知らせします。
今年の九月二十七日はあの悪夢から丸二年。老骨に鞭打って祖國への最後のご奉公に邁進する決意も新たな老狼です。
七月十六日
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