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思想・宗教元年 其の二十六
「どん底から満を持した最後の闘い」

 第三勢力の皆様、アクセス有難う。其の二十五の新聞記事【昭和31年11月21日 東京新聞朝刊】の文中、「五・一五事件の井上日召氏を団長として・・・」の五・一五事件は間違いで、井上日召は血盟団事件です。新聞社の勘違いですのでお知らせしておきます。

 昔読んだ、山本有三の「波」に、子供は親の失敗を、親は祖父の失敗を、祖父は其の父の失敗を・・・と寄せては返す波のように人間は同じ過ちを繰り返すという意味のことが書いてありました。このように人間はあまり歴史に学ぶことをせずに、歴史は同じ過ちを繰り返してきましたが、今の状態は、「同じ過ちを繰り返して」いられる悠長な時代ではありません。

 物質科学の進歩は歯止めのないところまできています。史上空前のむごたらしい原爆から、六十年後の現在でも、遺伝性とか核の後遺症で身近な友人も苦しんでいます。先日のマスコミで「広島の二百倍の核誘導弾を古くなったので解体する」との記事を読みました。使うことを前提に小型核を開発した米国と闘って武力で勝てる者はないと思います。竹槍や刀、弓鉄砲ではないのです。人間の人類の道徳、人間性の進歩以外にないと思います。科学にはきれいも汚いもありません。使う人間次第なのです。日本人の間でしか通じない「惻隠の情」とか「思い遣り」は世界の人には通じません。ましてタブー如きは ! !

 日本の伝統文化二千六百年を誇る前に、中国五千年の人類興亡の歴史を評価すべきではないでしょうか。中国に芽生え、島国日本に逃れ流れてきたモノを成熟させたモノが、日本の伝統文化ではないでしょうか? 例えば、支配者が代わる度に九属誅滅を繰り返してきた中国の凄惨さから学んだ「権力者」でない「権威者」の存在としての「天皇」。八百万の神々に代表されるバランスの取れた包含する精神。墨子の思想を成熟させた任侠の存在。等々。

 日本は文明開化以来、西欧に追いつき追い越せとあまりに極端に走りすぎたようです。廃仏毀釈然り。鹿鳴館然り。大東亜戦争前と戦後のブレもそうです。俺がいつもいう祖先の叡智、温故知新とは天皇を生み出した日本のバランス感覚とでも言えばいいかもしれません。歴史を学び取り「知の文化」「和の文化」を皆様に期待します。

 次回は、我が護國團の初代團長である井上日召先生に対し、「禿ブッサク者はついて来い ! ! 」、「佐郷屋、糞食らえ」とまがりなりにも、私如き愚連隊を拾って下さった先生に牙を向いた経緯を記します。今の右翼は遊びです。ナアナアの自己満足では運動の実は結びません。それだから五十年も過ぎたのです。同じ失敗を繰り返さないためにも、真の世界平和に不可欠な点を読み取ってくれることを期待しています。

 また「文藝春秋」一月号に掲載の立花隆氏と福田和也氏の対談もお勧めです。立花氏は金の誘惑や脅しにも屈せず、敢然と国賊田中角栄を筆誅したつわものです。この記事では触れられていない裏の話を近い内にここでお話します。念のために断っておきます。私には「私」はありません。

総てを捨てて日本の未来の夢を見る老狼