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思想元年 其の五
米国の謝罪獲得を目指す増田俊男氏と大和心

 ここをご訪問の皆さんはすでにご存知の増田俊男氏の言挙げ「終戦60年の2005年(=つまり本年)を期して、広島・長崎の原爆と東京裁判に対して米国大統領に謝罪させると公言して、実現に努力している」は、日本再建のために避けて通れないことです。しかし増田氏が日本を離れた20数年前にはまだ残滓はあった大和心の主体性は、その後、戦前戦後を経験した世代が無責任にも貝となったまま第一線を退き、鬼籍に入るに従って、昭和天皇の靖国御親拝中断、教科書問題の発生、女性の権利とこじつけた従軍慰安婦の国際問題化等々の相乗効果で、日本の現状はますます悪くなり、マイナス面だけ欧化した野次馬民族と成り果ててしまいました。
 
  靖国神社に祭られている大東亜戦争の英霊は、昭和天皇の為に死んだのである。大元帥であった昭和天皇には、死ぬまでその靖国神社へはお参りする義務があった。その義務を戦後30年昭和50年11月21日の御親拝を最後に、靖国神社へは参られなくなった。米国の日本弱体化政策の一つ、宮内庁操作が完了して顕現した姿である。教科書問題や国際条約で既に済んだはずの戦後補償問題はその後に起こっている。そして教科書問題と相前後して中曽根の妄動が火付けとなり、首相の靖国参拝が一大事のように取り沙汰され続けている。

 しかし、根本的なことはころころ変わる首相の靖国参拝ではなくて、天皇の御親拝であるということを、多くの国民が意識しないままに来ている。これはプロパガンダの役目を担うべき愛国学者と位置づけられている者の怠慢である。俺は先日靖國神社の同期の桜を歌う会に、レディウルフとともに出かけたが、そこでの挨拶に立った学者も、国立慰霊墓地や百人斬り裁判については触れたが、靖國の境内で一番意識するべき、首相ではなく天皇にこそ靖國参拝の義務があるということには触れずじまいであった。そのせいか好天で大勢の人出があったにもかかわらず、拍手はまばらであった。

 天皇が日本国民の天皇として連綿と続いている以上、先代昭和天皇の為に「靖國神社で会おう」と命を散らして平和の生贄となった英霊が鎮座する靖國神社に参拝するのは、現天皇の義務であると、何故誰も声を大にして言わないのか? 現天皇は今年の新春歌会始に「戦(いくさ)なき世を歩みきて思ひ出づ かの難(かた)き日を生きし人々」と、先の戦争に思いを馳せた歌を歌いながら、靖國神社へ参拝しなければ、本心から「かの難(かた)き日を生きし人々」を偲んでいるとは言い難い。

 心ある庶民の愛国者の多くは、ここ何年か8月15日になると靖國神社に雨が降るのは、英霊の涙雨だと思っている。そして皇室に40年近くも皇位継承者となるべき男子が生まれないのは、これはどう見ても自然とは言えない。側室がなくなったという見解もあるかもしれないが、男子が生まれないのは皇室の直系だけではないのでその見解の説得力は薄い。昔から世相が乱れた時には大災害がよく起こるといわれているが、昨今の大災害とともに、これは英霊の嘆きが形として現われていると思っている人も多いと思う。もの言えぬ英霊は自分達の犠牲をないがしろにして省みない皇室に、そのような形で「NO」と意思表示しているのである。

 天(皇室)が乱れれば地が乱れる。米国の弱体化政策の最優秀作品と成り果てた皇室の現状がある限り、地の乱れも収まらない。硬直した右翼は皇室に意見するとすぐ「不敬」と喚き立て騒ぎ立てるが、これでは右翼が皇室を北朝鮮の首領様と同様にしているのと変わらない。本当に皇室や日本を思うのであれば、今は右翼こそが率先して皇室を本来の姿に戻す捨て石となり、毀誉褒貶を恐れるべきではない。
 
  このようにして右翼が大和心を取り戻すために率先しなければ、増田氏はただのほら吹き、詐欺師で終わってしまう。増田氏をほら吹きや詐欺師で終わらせるのは右翼の恥である。もはや反米や親米で色分けしている時期ではない。YP体制打倒とかスローガンだけは華々しかった新右翼は何をしたか? 庶民から見れば既成右翼のミニサイズでしかない。今運動家にとっての常識は「過去に何をしたか。何をしてきたか」ではなくて、「これから日本の為に何をするか。何ができるか」である。これをやらない右翼は名ばかりの右翼である。庶民はそのような右翼には惑わされずに、自分達で出来ることから天皇の靖國御親拝を求めていこうではないか ! !

 皆さん、自分で出来ることは徹底的に追求してください。狼爺さんは喜んでいつでも捨て石となります。

皆さんの下働きの老狼