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思想元年 其の二
毒の中にある薬を生かそう ! !

 読者の中野さんから戴いたメールの抜粋を、まずはご覧ください。

前略、石井先生ご無沙汰しております。中野です。

先生のホームページで板さんのメールを読ませて頂きましたが、私も板さんの意見に納得しました。確かに今のヤクザ社会は昔のようなしきたりとか薄れていて、ただの暴力団に成り下がって居ると感じます。(中略)

しかし、先生が望んでおられるヤクザとは、実際私のような、まだ30代半ばで、世間では若いと言われる世代には理解し難いのが事実です。映画などで、戦後間もない頃の事とか見たことが有りますが、その中でのヤクザは、立派な男として描かれていました。先生が望んでおられるヤクザの姿は、このような男の事だと言うこともある程度は理解出来ます。

ヤクザとは性格は横暴だが、芯が一本通っている、男気の有る人を指す言葉だと思って居ます。けれども、現在ヤクザ社会にはそのような男は少ないと思います。自己の利益だけの為に横暴な態度を取り、暴力を振るう団体にしかなりません。庶民の生活を守る為に使う暴力とは事離れています。戦後間もない頃は、GHQの横暴や訳のわからぬ団体などから、自分たちの街を守る為に使われた暴力とは違うと感じます。

確かに、暴対法でやくざをがんじがらめにするのは私も反対です。なぜならば、指定団体にされると身動きが取れなくなり、身動きを取るためには、指定団体から離れるようになるからです。そうなるとギャングやマフィヤのような団体が数多く出来ても不思議では有りません。(中略) 「臭い物には蓋をしろ」昔から使われている言葉です。有る程度、法を緩くし、決まった団体に所属させることによって監視しやすくなるために、反対するのです。庶民の生活を守るために緩くするのは大いに結構だと思っております。暴力団を野放しにするための反対とは違います。

先生の考えておられる第三勢力とは、一体どんな物なのでしょうか?庶民とヤクザはかけ離れているとしか思えません。過去のようなヤクザ組織を求めるのはもう無理なのかもしれません。それを踏まえた上での第三勢力の創設を考えておられるのでしょうか?それとも過去のヤクザ組織に戻るとお考えなのでしょうか?戦後60年、結構な歳月が流れています。時代が変わり、考え方も変わります。先生もそう思い、第三の勢力を創設なされようとお考えになられたはずです。(中略)

大雑把でも構いませんので、第三勢力に付いて教えては頂けないでしょうか?

右翼でも左翼でもない、私たち庶民が参加し、この国を良く出来る団体だと思っています。大変興味があります。私が先生に惹かれたのも、この第三勢力に興味を持ったからです。他の読者にも同じく惹かれた方々がおられるはずです。ご考慮くださいませんか?よろしくお願い致します。

 中野さん、真摯なメールを有難う。ヤクザに対する意見、同感です。

 私は10数年前、極東大場連合の者10人程に、護國團の隊員と共に拉致され、45口径の銃で頭を突かれながら、二千万円を要求されたことがありました。スーパーの買い物の折に、にらみ合いになり、其の隊員(現・理事)が組員のバッチに手を触れたことに因縁を付けたのでした。バッチに手を触れたことが代紋を汚されたと、上手い因縁でした。

 13回に亘って、木刀其の他で袋叩きにしながら、私に「二千万出せ」の繰り返しです。8回ぐらいは気絶したと思います。夜8時頃から翌朝10時頃まで、電話機を私に突き付け、「どこへでも電話して金の工面しろ ! !」 と。

 私はじっと耐えました。こうなったら根競べです。「許して下さい。許してやって下さい。」で事は終わりました。このようなヤクザの所業は全く許せないことです。私は本心から復讐の皆殺しを考えましたが、極東中興の亡き関口愛治親分の徳を偲んで我慢したのでした。

 ヤラれたら必ずヤリ返す。受けた恩は必ず返す。この私の生きざまの天性を「我慢」させた親分の徳とは以下のようなものでした。

 昭和30年代前半、当時私は真面目に愛国運動をすればするほど、新聞には叩かれるし、右翼に愛想が尽き、私の護國青年隊と同じく連日悪く叩かれていた極東組に親近感を持ち、関口親分のところに盃を貰いに行ったのです。ところが私は関口親分に、応接の上座に座らされ、口を開くヒマもなく「君は愛国運動をよくやっている。君は偉いよ。頑張ってくれよ。ウチのガラクタどもはいつでも電話一本で、バッチ外して行かせるからな。」と励まされてしまいました。「噫 ! 判ってくれる人もいるんだ。」と有難く思い直したのでした。

 後年稲川会の稲川総裁に会った時、電気に打たれた思いで憧れたが、押しかけ子分を思い止まったのは、この関口親分の言葉があったからでした。それがなければ今の俺は存在しなかったのです。

 逝去される前まで、いろいろと教えてもらいました。奥様も暖かく迎えてくれました。上記の拉致監禁事件のあるまでは、出入りしていたのでした。

 60年安保の時、怒涛の全学連は自衛隊の出動一歩手前迄行きました。そんな中、学生リーダーの一人、島君を地方の医者で全うさせたのは、山口組の田岡一雄組長、田岡の側近吉川勇次、共産党から転向の田中清玄の面々でした。

 このように親分といわれる人たちには矜持と愛国心があります。現在でもまだ組織のきちんとしたヤクザのトップは愛国者でかつ帝王学を持っています。だから米国の政策に迎合して、清濁併せ呑む我が祖先の叡智の結晶である「仁侠道」を崩しにかかっている思想無き権力の前でも、まだこの程度の乱れで済んでいるのです。

 左翼は勿論、右翼でも日本の再建は出来ません。ただ右翼の真面目な者なら、国の再建を願う人々を助けることはできます。そしてヤクザはその下で又、力になることが出来るのです。

 第三勢力の件ですが、昨年12月23日に都合のついた人は顔合わせをしました。今後の核となり得る人たちです。日本の公安は優秀なので、到底隠れて、水面下では出来ません。オープンでやりたいと思います。日本の再建には日本人の総力が必要です。

 中野さん、貴方や真摯なメールを下さるここをご訪問の皆さんが、これからの日本を背負って立つ主人公なのです。みんなで子供を産み育てたくなる国に、自殺など考える人のいない国を、創って行こうではありませんか。

肥しの老狼