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世界再築の為の日本国再建・其の四
「含蓄のある荒岩さんのメールに対して」

荒岩さんのメール「原爆によるトラウマ」

石井一昌様

「世界再築の為の日本国の再建・其の二」で原爆によるトラウマというのは、まさに現在、日本が戦後体制を脱却できない原因であると思います。
特に、被爆地広島に与えた心理的影響は大きく、被害者であるはずの広島被爆者が、まるで加害者であるかのように「過ちは繰り返しませぬから」と原爆慰霊碑には刻まれています。これはまさに、原爆によるトラウマから生まれてきた言葉ではないかと思います。
しかし、広島では8月6日になると毎年、多くの人々がこの慰霊碑に向かって手を合わせ頭を下げているのです。この行為は被爆者が悪かったのだと、被爆者に罪を押し付け、犠牲者の御霊を冒涜しているように思えるのです。山田節男元市長は「この碑文の主語は世界人類である」と見解を発表していますが、原爆を投下した米国は賠償も謝罪も、反省すらしていないのが現状です。この現状では、山田節男元市長の見解は、米国を恐れるあまりに現実から目をそらした見解といえるのではないでしょうか。
戦後59年、日本はずっとこのトラウマから抜け出せずにいます。では、このトラウマから抜け出し、戦後体制から脱却するには、原爆投下の責任を米国にしっかりと認識してもらい、被爆者に対する謝罪が必要になってくると思うのです。私達は一致団結しなければならないのに、原水協と原水禁に分かれてしまっているという現状を見れば一目瞭然なように一致団結できていない。このような中で私達はどのような運動を展開しなければならないのでしょうか?

荒岩宏奨

 荒岩さん、先の呼びかけに応えての早速のメールをありがとう。

 早速本題に入ります。9.11同時多発テロの前年(2000年)に、米国において米国人自身の手による原爆展が行なわれました。米国人の真摯な良心的な行動の行方に私は注目していましたが、反論が新聞に掲載されました。曰く「広島・長崎の原爆は50年前のことである。」曰く「物事はすべからく歴史的に捉えるべきである。原爆を落とす前と落とした後を見るべきである。」と。これが話題になった後の結果でした。つまり米国は原爆を落としたことによって日本が民主国家になれた。米国のお蔭で日本は民主国家になれた。と自負しているわけです。

 そして貴方がいうように、

>特に、被爆地広島に与えた心理的影響は大きく、
>被害者であるはずの広島被爆者が、まるで
>加害者であるかのように「過ちは繰り返しませぬから」
>と原爆慰霊碑には刻まれています。これはまさに、
>原爆によるトラウマから生まれてきた言葉ではないかと
>思います。

原爆のトラウマは、日本人自身をして米国に民主国家にして貰ったという錯覚を植え付け、今では戦前そのものさえ否定する風潮が続いています。今、よく切れる50代と20代(50代の子供世代)といいますが、これだけでは片手落ちです。それらの切れる50代を育てた親の世代は間違いなくバリバリの戦中派世代なのです。「子は親の背中を見て育つ」。戦中派世代の戦後の責任を真正面から見つめる勇気が、日本人全体になければいつまでたっても堂々巡りです。

 俺は若い頃に護國團先輩の小沼正に対して「19や20歳(はたち)で人を殺して愛国者面するな!! それが愛国者ならベトナム(当時はベトナム戦争の最中で対米ゲリラが横行していた)は愛国者だらけだ !!」と言ったと同じように、20歳前後で少しばかり軍隊にいたからといって、軍隊経験がある」と言うな。それよりも戦後の歳月の方がずっと長い。その間、自分の子供の教育や社会活動で何をして来たか。そちらの方がずっと次世代への参考なり警鐘となる。

 たかだか一年も満たない軍歴の者まで戦後それにしがみつくようになったのには、右翼団体の責任が大きい。多くの右翼団体は元軍人というだけで、さも愛国者かのように上席でもてなし続けてきた。従って彼らの責任を追及するなどとんでもないことであった。「愛国心は悪党の最後の隠れ家」という意味の諺もある。悪党でなくても卑怯者の最後の隠れ家でもある。

 私は若い者には既成の右翼団体類似の団体を作って、一国一城の主と自己満足するような状態で留まってもらいたくはない。なぜならそのような団体となると、どうしても前例踏襲で、既成のミニ団体化してしまうことが多い。何十年も同じことを繰り返している職業愛国学者を講師に呼んで有難がって話しを聞いたり、街宣車を出して庶民の反撥を買ったり。土台、運動家が机上の愛国学者の講義を聞いて勉強した気になっていること自体が俺はまやかしだと思っている。本当にそれで国が良くなるのであれば、運動家などは要らない。愛国学者に任せておけばいいのである。

 しかし学者というのは、大義の為よりも自分の学説の方が大切なので、三池騒動の時も、当事者の炭坑夫のためよりも自分の学説の為に、主婦を煽動した(悪名高き向坂教室)。国が二つに分かれるところ、必ず利する輩がいる。俺は今では共産党が政党助成金を貰わないと評価しているが、いつも言うように「是は是、非は非」。戦後左翼の最大の罪は人類全体の敵である「核」を汚い核ときれいな核に色分けし、貴方も言うように

>私達は一致団結しなければならないのに、原水協と原水禁に
>分かれてしまっているという現状を見れば一目瞭然なように
>一致団結できていない。

 それはトラウマの日本人の心をガス抜きにしたからです。つまり核反対運動といいながら、実を結ぶ前の運動自体で満足させてしまったのです。北方領土も同じです。

 そんな日本人が一致団結する為には、私が常々言う「大和心の結集」なのだが、これでは階段無しに一挙に2階へ上がれと言っているようになる。大和心の結集の為には、「言うは易し行なうは難し」だが、まず一つの大きな指針を核として、磁石のように多くの者をひきつける必要がある。それは原爆のトラウマによる日本人の覚醒が大きな一里塚であるから、日本人自身の手で東京裁判のやり直しを、インターネット上で有志で行なうのも一つの方法である。戦後行なわれた東京裁判は勝者による敗者への復讐劇であるからケシカラン ! ! 。その反動で盲目的な軍人肯定となる。東京裁判で裁かれた軍人を批判したら左翼のような目で見られるが、これはおかしい。彼ら指導軍人には、当然ながら日本を敗戦に導いた、日本国民を惨憺たる敗戦に導いた責任は厳然としてある。物量で負けたというが、負け方にも上手な負け方というのがある。もっと早い時期に何度も手は打てたのである。その責任は当然指導軍人が負うべきである。ここを避けたのは指導軍人の責任を問えば最終的には大元帥陛下の責任問題になるからである。

 しかし東京裁判は復讐劇であったと同時に、断末魔の日本に殊更に2発も落とした原爆の効果(=トラウマ)を意識した米国が、戦後の統治政策に天皇利用を据える為に創り上げた一面もある。当時、ソ連・中国が戦争責任を問うなら裁判に天皇を出すべきだと要望していたのをこれ幸いと、占領憲法(今の日本国憲法)に異議を唱えた日本人層を黙らせる為に、GHQが利用したという歴然たる事実もあるのです。当時米国は唯一の核爆弾所有国であり、その脅威はソ連も中国も同じで、事実上米国の独壇場だったのです。

 良くも悪くも欧米白人諸国の数世紀に亙る侵略の成果=植民地帝国を崩壊させ、多くの植民地を欧米諸国のくびきから手放させた後発国日本は、その恨みを一身に受けたまま、米国が与えた見事過ぎるトラウマの故に、己れ自身で大東亜戦争の総括をしていないまま今に至っている。そのトラウマを克服しない限り日本の立て直しは望めないと、俺は思っています。

 皆さん、荒岩さんのようなメールを俺は楽しみに待っています。

狼爺さん