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史上初の原爆テロを斬る

8月6日は人類最初のテロ、原爆記念日である。そして当然のように来年2005年の8月15日には終戦60周年が巡って来る。人でいえば「還暦」に相当する。

 還暦とは人生の一巡りが終わり新たな出発をも意味している。日本の国も人に倣って還暦を過ぎてまでいつまでも終戦へと導いた「原爆テロ」のトラウマを引きずっていてはならない。「原爆」 、これこそ史上空前絶後の「核テロ」であった。当時を生きた日本人は口にこそ出さないがそのトラウマが大きく、マッカーサーの占領軍の洗脳に簡単に乗せられて、「日本が悪」の自虐史観に染まって 行ってしまったのだ。

 マッカーサーはそんな日本人を指して「精神年齢12歳」といった。なぜ「12歳」か。それは精神年齢が「大人」であれば例え「トラウマ」を持ってもそれを克服して乗り越えようとするが、12歳の子供はいつまでもトラウマの中に籠もったままの「引き籠もり」だからだ。

 しかもそのトラウマは軍人を始め、率先して克服しなければならぬ男子のほうが強かった。情けないことである。恥ずかしいことである。戦後「女と靴下が強くなった」と言われた時期があったが、それは男子が弱くなった。腑抜けになったからだ。

 この1月にロフトにゲスト出演してくれた一人の明治大学の福田邦夫教授とそのゼミの若者50人近くの面々と、私は昨年11月神楽坂で、5時間近く話し合った。多くの純粋な瞳に囲まれ、とても幸せで有意義なひと時だった。福田先生のいうように、これからの日本を背負う若い男が生き甲斐を持ち、若い女性が子供を生みたくなる国にしようと、決意を新たにした最高の日でもあった。今のように原爆のトラウマに縮こまってしまった不甲斐ない男どもがいくら小手先で子育て支援を唱えても、女性は本能で拒否している。

 日本は山は緑が多くて水がそのまま飲める世界でも格段に恵まれた国です。スペインの子供は山の絵を書くと赤茶けた色に塗ります。ワインもビールも水がそのまま飲めないので発達しました。日本では刑務所でも濁っていない水道水は当たり前ですが、多くの開発途上国ではそれは望めないことです。

 そんな日本で子供が少なくなっている。これは還暦を迎えるまでに日本国が 日本人が原爆のトラウマに正面から向き合ってこなかったからです。特に軍人の将校は今の官僚のキャリアどものようにたちが悪かった。多くの戦(いくさ)が海軍も陸軍も高級将校のヘマで負けたのが多かったが、 いつしか「最初から勝ち目のない無理な戦争だった」と自分たちのミスを棚上げにし、糊塗し、戦後生き残った者は「武士は黙して語らず」とか「男は秘密を墓場まで持っていく」とか 格好のいいことを言ったまま鬼籍に入っていった。しかしその実は自分たちのミス と正面から向き合う勇気がなかっただけのことである。自分たちの面子のほうが、将来日本の国を背負う自分たち自身の子孫よりも大切だっただけに過ぎない。

 平行して戦後、防衛庁の戦史研究の中心もそのような元将校たちだったので、身内のかばいあいとばかりに、肝心の部分には触れていないことが多い。散々な結果となったインパール作戦などはその司令官の牟田口(むたぐち)中将の無能と無責任によるところが大きいのに、「牟田口の遺族が生きている間は明らかにできない 。」と研究者自身の口から言う。インパールでは何万人もの将兵が生き地獄の末に戦病死しているのである。その将兵にも家族はいたのである。戦史研究者といえど「元将校」である彼らにはそれらの兵よりも元の自分たちの上官に思いやりが行くようである。

 今の警察庁も宮内庁も外務省もなんとよく似ていることか。

 庶民を大切にしない社会、これは女性が本能で安心して子供を生める社会ではない。女性が本能に従って安心して子供を生み育てられる国創りをしていこう。日本国は戦後の還暦を新しい「天の岩戸開き」で迎えなければならない。我々戦中派世代はそのための捨て石にならなければならない。もはや誰も彼もが格好をつけている時ではない。

 「戦友の分を生きる」--もう十分生きた。

 「戦友の負託に応える」--応えていない。

 選ばせられる権利だけの二世三世だらけの今の選挙。

 金正日に足元を見られ、のこのこと出かけて行ったものの、2年前の消息不明者の一人も明らかにできなかった無能外交。無能首相。

 昭和天皇陛下薨去後の皇室一家のカレンダーに良子(ながこ)皇太后陛下の写真が見られなくなった。どんな一家でもそろって写真はとるものである。この不自然さが今の皇室なのだ。拙著「暗殺集団」にも既述のとおり、「上が乱れれば下が乱れる」。今の日本の乱れが皇室に顕現しているのである。

 天皇あっての日本国民ではない。日本国民の天皇だ。

 二千数百年の歴史といわれる日本の皇統の中に、元来「象徴天皇」という言葉はなかった。

 天皇(おほきみ)不在の今の日本には「君が代」の国歌はふさわしくない。

 これらはすべて我ら戦中派世代が戦後のツケを残してきた結果である。

 今年の後半、私は率先してその世直しをする。今回はほんのプロローグである。日本国の天の岩戸開き(現代版「天岩戸開き」とは、戦後の闇と戦前の闇の双方を太陽の下で溶かすことである)のために、天照大神の末裔の日本民族を生み育てる女性たちのために、戦中派の男は捨て石となろう。

狼爺さんより