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老人(明治・大正・昭和一桁生まれ)よ、
泥を吐いてから死ね ! !

 といっても、明治生まれの多くは鬼籍に入っているので、今となっては、これは俺(大正15年生まれ)を含めて、栄光無き短い大正天皇の御代に生まれた大正生まれの同胞よ。兄らは先の大東亜大戦中は中堅から若手であり、また占領期間中から戦後の復興期には、日本を背負った中核の世代である。

 戦後、それも昭和50年代という終戦から30年以上も過ぎてから、突如として沸き起こったかのような靖国神社や教科書の記載に対しての外国からの干渉。それは中曽根首相が外国からの干渉に屈して靖国神社の公式参拝を見送った昭和61年を機に頂点に達し、日本という独立国は、国是も国策も思想も無い、従ってそれらを基にする知恵も浮かばない、ないないづくしの国への坂を今も転がり続けている。いうまでもなく、中曽根首相(大正7年)も、その後の平成7年(1995年)に「戦後50年謝罪決議」を強行した村山富市(大正13年)も大正生まれである。

 大正生まれの世代の多くは、昭和60年前後から、年金生活に入った。そのころから雨後の筍のように、「自分史」とか「同人誌」のようなものに、先の大戦での自分たちの踏ん張り、そして占領期間中の忸怩たる思い(あの頃は仕方なかった等々の言い訳がほとんど)と併せて、現在(昭和60年前後から今に至る)の日本の状況を嘆く文章が目立つようになる。しかし不思議と、その文章の多くには、占領後、昭和27年に独立回復してから、昭和60年時点でも30年以上に至る自分たちの不甲斐なさ、不作為を検証する姿勢は見られない。30年間と言えば、人間の活動期間の最高潮の期間である。大正生まれの多くは、まぎれもなく、その期間、日本の中枢におり、日本の舵取りを行っていた。中曽根や村山を輩出した責任は、まさに大正生まれが負うべきである。

 年金生活に入ってから、国を憂えるのであれば、自分たちが現役でもっと発言力や影響力のあった時に、どうして行動をおこさなかったのか。中には今ごろからでも何もしないよりはマシという声が出るかもしれない。しかし、その多くは上記のような不甲斐なさや不作為の検証がすっぽり抜け落ちている事により、老人の愚痴となってしまっている。

 先年、私の相棒が、戦中派世代の人に、若い人に伝える靖国神社に対する(戦時中に靖国神社に抱いていた思い)原稿を募集した事があったが、寄せられた原稿はわずかの例外を除いては、戦後の日本の状況を嘆く(それも自分たちの責任は棚上げにして)ものがほとんどであったという。会合では、老人が時間を切られても、それを無視して長々と繰り言を述べているケースが多い。これでは若い芽を育てるどころか潰すばかりである。老人は残り少ない人生を全てを賭けて(全てを犠牲にする覚悟)ぐらいがなければ、徒(いたずら)に口を出すよりも、老人会で集っていた方がまだマシといえるのが現状である。

 かくいう俺も、昭和30年以来50年近く、愛国運動に身を捧げてきたが、結果を出していない以上、これまでのやり方や、右翼のあり方では到底日本国の立て直しが出来ないのは身に沁みている。既存の右翼の多くは、日本国や天皇(連綿と続いている日本の天皇のこと。今上天皇のみを指すのではない)を愛しながらも、今の思考は「天皇教」の信者のようになってしまって、天皇や宮家への正当な提言さえも「不敬」の二文字に押さえ込んで、受け入れずに圧力をかける始末である。これでは北朝鮮と変わらない。

 今上天皇は平成の御代になってから、よくないことばかりが起こるといって、京都御所の鬼門である岩清水八幡宮にお参りしたことがあったとのこと。しかし、これはおかしい。岩清水八幡宮へ参拝するのも結構であるが、どうして先帝陛下の身代わりになった戦犯の汚名を被せられた方々や、先帝陛下の為に散華した多くの英霊が眠っている、歩いてでも行ける靖国神社へ参拝しないのか。これは天皇云々以前の人倫に悖(もと)ることである。天皇が靖国神社へ参拝さえすれば靖国問題は雲散霧消する。いつ首がすげ替わるかわからない首相や一地方自治体の長の参拝に騒ぐこともなくなる。

 俺はこれまでの活動の反省を踏まえて、まずは天皇の靖国参拝を実現させたいと思う。

 女流作家だったと記憶するが(曽野綾子氏か上坂冬子氏?)、「(日本の)男は黙って秘密を墓場まで持っていくものだ(それが美学だ)。( )はレディウルフ註」と書いてあったように思うし、また同じような言は、先の大東亜大戦や戦後の検証においても多々見受けられる。しかし、この美学が美学として通用するのは、あくまでも日本人同士のアイデンティティー(主体性)の中の相手である。現在の日本は鎖国ではないのである。否応無しに世界の国の一員としての立場があり、責任もある。その観点から見れば、その美学に隠れて、自分たちの知っていることを都合の悪いことも恥になる部分も、包み隠さず披露しないことは、正しい検証の妨げを行なっている不作為の罪であり、それによって現在の日本が外国が勝手に作った「戦犯」や「遺棄化学兵器」等に振り回されているのであるから、日本民族の子孫に対しての重大な過ちでもある。民族の歴史の断絶は許されないのである。

お知らせ

次回のロフトプラスワンは来年1月29日(木)と決定しました。皆さんの問題提起を待っています。お互いに喧喧諤諤、本音で日本の将来について語り合おう。


狼爺さんより