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日本再建の為の「タブーなき道徳勉強会」を
より一層実らせるための提言 ! !
「キチガイ狼の暴力講座・其の九」
6月12日(木)ロフトプラスワンでのトークショーを前にして

 護國團50周年記念大会を4月29日に挟んでいましたので遅れましたが、いよいよ来週の木曜日に新宿のロフトプラスワンで、

タブーなき道徳勉強会
「ヤクザは本当に暴力団か?」
暴対法施行後、治安は果たして守られているのか?

日本の安全神話は崩れたと訴える老狼・石井一昌の呼びかけに医学博士、一流大学教授、各方面の活動家を交え徹底検証。
そして、大物仁侠氏の飛び入りはあるのか!?

【時間】18:30開場/19:30開演
【チャージ】\600(飲食代別)

があります。

 この関連として私は先の5月29日に仁侠関係等に下記の手紙を郵送しました(郵送文は縦書き)。日本を愛している者達が垣根を超えて、お互いに日本の為に真剣に語り合いたいと思っています。多くの若者が都合をつけて馳せ参じてくれるように、狼は諸君の参加を待っています。

謹啓

 ご無沙汰致しておりますが、お変わり御座いませんでしょうか。

 いつもながらの変わらぬご支援感謝申し上げます。
私、

五十年近くの歳月を、「愛国」「護国」を僭称し、蟷螂 (とうろう)の斧の如き運動を展開して参りましたが、この度、護國團創立五十周年を機に後進に道を譲り、文字通り一匹狼となりました。これを契機に私が長年の運動の中で、実感し会得したことを述べ、ご意見・ご批判を承りたく、ペンを執りました。

 先の大東亜戦争において、我が祖国「日本」は全世界を相手に最後まで、正々堂々と立派に戦いました。しかしながら、戦況我に味方せず、断末魔を迎えた時に、米国の広島・長崎への原爆投下という二度の核テロにより、驚きと恐怖で矛を収めさせられました。その後は、占領軍の政策にまんまと嵌(はま)って、唯々諾々とそれまでの歴史を塗り替え、講和条約で独立後も五十年余りの歳月を日本人自身による大東亜戦争の総括も行わないままに、今日に至っているのは、よくご存知のことと思います。当時、マッカーサーはそんな日本人を「精神年齢十二歳」と評価しています。そして諸外国からは、日本は戦時中は降伏勧告にも耳を傾けずに督戦隊もないのに死ぬまで闘いながら、矛を収めるに当っては史上例のない整斉とした武装解除に応じた・・・。天皇の名の元にこれほど一糸乱れず統一しているのは不気味な民族だと思われました。そこには不可解な者に対する恐れと軽蔑がありました。特に米国は沖縄・硫黄島・フィリピンを始め、太平洋の島嶼(とうしょ)戦で文字通り最後の一兵まで降伏せずに死ぬまで戦う日本兵士を目の当たりに体験していますので、尚更でした。硫黄島では、戦死者こそ日本側が圧倒的でしたが、戦死傷者の合計数では米国の方が多かったのです( 日本軍二万九百三十三人<戦死一万九千九百人、戦傷一千三十三人>、米軍二万八千六百八十六人<戦死六千八百二十一人、戦傷二万一千八百六十五人>)。また米国側には恐怖から発狂者が続出したようです。

 米国はそんな日本の精神力や底力を恐れ、極東国際軍事裁判(東京裁判)では、連合国の主導権を握って、「始めに<日本有罪判決>有りき」の、「日本有罪」には都合の悪い証拠資料は全て却下するという、裁判とは名ばかりの復讐劇、そしてこれを利用する洗脳政策を敷いたのでした。そして一方では日本人の天皇に対する意識(俗に言う天皇制)を利用することを考え、当時のGHQ(連合国最高司令官総司令部)の威光と戦後のドサクサの中、宮内庁(当時の宮内省)の職員七千人を、キリスト教信者を除いて全てクビにしてキリスト教信者と入れ替えました。長官から用務員に至るまで、全ての職員を日本古来の神道(八百万の神々)とは相容れない一神教のキリスト教信者に入れ替えたのです。

 欧州諸国は大航海の時代(十五世紀後半)から四百五十年余り、開拓国家・宗主国(侵略既遂)でした(米国は十九世紀後半からの後発組)。そんな彼らにとっては、制圧した民族を手なずけるのはお手の物でした。彼らは敗戦(被制圧)後の該当国の政府の崩壊や混乱による治安悪化に乗じて、そしてそれを巧みに利用して、多くの国々を自己の繰り人形としてきました。十九世紀には武力による侵略を免れた日本も、二十世紀の敗戦によりその過程を辿る筈でした。少なくとも彼らはそのように算段していました。

 しかし、ここで彼らにとってはまったく不可解な驚くべき現象が起きたのです。彼らの経験では本来が「悪」であるはずの、アウトローの「ヤクザ」「仁侠」と言われる者達が、庶民の為に粉骨砕身して治安の維持に努めたのでした。アウトローと言われる「ヤクザ」「仁侠」の者達が、秩序を守り、警察を助けるなどは、彼らの理解の範囲を超えていました。彼らは畏怖を感じた筈です。一般には一国の政府機構の崩壊は、大国であればあるほどソ連邦の崩壊の例からも明らかなように収拾がつかなくなり、政治経済機構の多くをいわゆる「マフィア」と呼ばれるギャングに握られ、庶民は塗炭の苦しみとなるという構図です。

 彼らは日本を徹底して意の侭に繰るためには、天皇制の頂点の現宮内庁と警察庁だけを抑えればと考えました。私が数多くの公安警察の弾圧の中で感得したことですが、警察機構の人間の多くには「(日本人としての)思想」がないことでした。そして日本民族としての善悪もなく、ただ「法」のみを盾にしての取調べでした。

 それがやがては平成二年成立、同三年施行の「暴対法」へと繋がります。「暴対法」は今から丁度十年前の平成三年に、現在の治安悪化や犯罪の凶悪化を鑑みると誰の為かわからない法律ですが施行されました。しかし、「暴対法」成立前の状況を考えれば疑問が残ります。当時までは取り締まるべき時にもロクに取り締まりもせずに、やりたい放題野放しにしておいて、庶民の顰蹙(ひんしゅく)を招来させた感さえあります。京都のヤクザで、今は引退している高山親分が、以前週刊誌に「ヤクザが増えて困る」と述べているのです。

 あの終戦後の混沌とした、自分さえ見失うような時に、一警察官の頼みで全国のヤクザが、戦勝国民をカサにきて暴れまくる第三国人に対して、ただ驚きと恐れでどうしようもなかった無力な庶民の盾となったことを考えると、現在の日本の「ヤクザが正常に機能しない状態」は、既に日本は崩壊の道を歩んでいるのではとさえ、私は考えます。

 二年前の九・一一同時多発テロで、マスコミに注目していた私は、新聞で米国大使館から日本の警察庁に直接「危機管理の指令」が届き、それを警察庁は日本政府に報告しなかったことが小さく報じられました。これでは日本の主権は、独立国としての主権は、一体どこにあるのかと考えさせられました。そして私はここで米国大使館と警察庁のルートを知り、「暴対法」の謀略を確信しました。尊敬する右翼の大先輩の戸松先生を始め、誰一人ヤクザを暴力団と同一視している人はいません。むしろ江戸初期に旗本に対抗した「幡随院長兵衛」を模してヤクザに期待しているのです。東京新聞の読者の会でも、ヤクザはマフィアではないと、副編集長が認識を改めてくれました。

 戦後の占領政策により、「天(天皇)」はすでに崩れています。天地の中(あいだ)で生きる庶民の為には、地(仁侠)のご奮起を是非とも願う次第です。「暴対法」も「個人情報保護法」も一体誰の為に有るのか。「暴対法」によってキャリア警察官僚はこれまで裏の部分が仕切っていた分野(パチンコのプリペイドカード等)をどんどん蚕食しています。そして個人情報保護法の改善命令の権限はそれぞれの主務大臣ということですから(業者が義務規定に違反し、担当する閣僚から勧告、改善命令を受けても従わない場合、「六月以下の懲役または三十万円以下の罰金」となる。 )、これも本来は住基ネットによる官の個人情報を規制するためのはずの法律が、フタを開けてみれば、官の規制よりも大臣と業者の癒着・賄賂の道をわざわざ作るような法律となっています。本来、庶民を守る為の法律も、今の日本ではそれが機能していません。「非理法権天」といいますが、「天」が機能していない今、「天」と「権」の間に有る「天」の対極概念「地=仁侠」が、今こそ庶民の為に「法」や「権」に対する糾弾に先頭を切って立ちあがる事が必要ではないのでしょうか。

 明治維新後の天皇の位置は、後にコミンテルンが「天皇制」と称したように、欧米列強の砲艦外交により、当時の世界情勢を睨みながら、とにもかくにも国の独立を維持するために、次善の策として創らざるを得なかったものであって、日本本来の天皇の姿ではありません。そして大東亜戦争の敗戦後は、米国は今度は天皇を「象徴」として伝統文化さえも変えました。日本の天皇は元来は「権力」ではなくて「こころ」なのです。日本民族が中国の革命思想(天命が革まる)による度重なる戦乱や殺戮、庶民の苦しみを見て、創り上げたものなのです。世界的に見て我が「神の国」「天皇国」は、人間の性(さが)や恥部を教訓に、我が日本民族が大和の心で、差別も含めてその全てを、より良く活かしてきたものと言えます。

 ちょうど今、「江戸開府四百年」が催されていますが、あの戦国時代を終らせて二百数十年もの間平和を続けた「江戸時代」の中に、日本人の文化や精神の原点を見ます。機械科学面では遅れていましたが、当時の江戸は世界の中でも一番清潔な循環都市でした。当時欧州の各国の首都でさえほとんどがゴミや排泄物を垂れ流しにしていた時代に、江戸においてはすでに現在でも学ぶことがある循環(リサイクル)の形式が見事なまでに確立されていました。明治維新後、いわゆる「和魂洋才」で短期間で欧米文化に追いついたということが、「近代的な素地」があったことの証明ではないでしょうか。大嘗祭は徳川第四代将軍家綱の一六八七年(第一一三代東山天皇)に復活しています。私はこれまで徳川家康=狸オヤジ、徳川=悪、江戸時代は否定的として来た矛盾にぶつかりました。そして大東亜戦後六十年近く経っても、未だに日本人の合意がないことは、明治維新の時に「勝てば官軍」とばかり従来の日本人の意識や思想を破壊したことに、真実を追及しないことにあるのではないかと思い至りました。

 現在の無気力で芯のない日本が立ち直る為には日本人古来の「叡智」が必要です。国は唯一つ、代わりはないのですから、まず一人でも多くの日本人が本当の言葉で連帯することが必要だと確信しています。「三人寄れば文殊の智慧」のとおり、そうすれば日本人の「智慧」も生まれると存じます。

 お蔭様で私は今は、マスコミ、サヨクを始め各階層のご理解を頂けるようになりました。形に違いはあれ皆一様に祖国日本を愛しています。日本人の叡智を集められるような「庶民連合」のような、旧来のしがらみに束縛されない「本当に日本の為になる第三の圧力団体」ともなるものを創り出すことに、陰ながらのお力添えを賜ればと願っています。真面目な真剣な右翼はその下働きを致します。

 「九・一一同時多発テロ」後は、米国人の中からも「米国は他国の伝統文化に学ばなければ」という声が上がってきています。世界の複数の要人は「イスラム教とキリスト教の溝を埋め和を齎(もたら)す」決定的なものは、特殊な独自の異文化の伝統を持つ日本だと言われてもいます。

 今、盛んに活躍されている経済評論家で米国に精通している増田俊男氏は、「ハワイ(一八九三年一月十七日<米国人勢力が暫定政府を樹立=ハワイ王朝の終焉>)(一九五九年八月二十一日<アメリカ合衆国の五十番目の州となる>)のカウアイ島の原住民の土地奪還訴訟の代理を引き受けて勝訴しています。米国は突き付けられた真実の前には潔く非を認める面もある国なのです。同氏は西暦二千五年(平成十七年)を期して、米国大統領に広島・長崎の原爆投下と東京裁判に対する謝罪獲得を目標に活動しています。先には日本国内でも本年二月八日、例の南京事件で戦犯とされた向井・野田両少尉のご遺族三人が、朝日新聞社と毎日新聞社、本多勝一(ジャーナリスト)らに、東京地裁に出版差し止めや謝罪広告の掲載と、計一千二百万円の損害賠償を求める訴訟を起こしています。東條英機大将の孫の東條由布子さんは、平成十年の映画プライドの上映を機に外に向かって発信を続けています。そこには想像も出来ない妨害もありますが、国の為に女性一人で奮闘しています。ようやく当事者関係でも勇気のある人が出て来ているのです。私達も日本人の思想を取り戻し、「是は是、非は非」で日本の立派さを、誇りのある祖国を証明しましょう。

 どうか愛する日本の庶民の為に、仁侠の方々の、今一度の奮起を冀(こいねが)う次第です。仁侠界の大御所であります稲川総裁は「暴対法」成立の折、「お上には逆らうな」と厳命されました。理不尽でも、耐え、受け入れました。国の礎の基本(天と地)のスジを通さない「猿芝居の公聴会」も開かれましたが、始めに結論有りきの東京裁判と同じように一方的でした。結果、それまで裏が仕切っていて循環していた一切の利権を警察のキャリア官僚が奪い取りました。経済とは循環です。ヤクザはお金が入ると見栄を切って経済の流れの中に還元しますが、警察キャリアは他の目を恐れてタンスの中にしまっておきます。ここで「金は天下の回りもの」の流れが止まってしまっています。現在の長引く不景気・不況はバブルの後始末の不手際もありますが、「暴対法」施行後と重なっているのは、偶然の一致だけとは思えません。

 以前拙著「暗殺集団」に記しましたように、私はこれまで「ヤクザに代わって闘う右翼を」と考えて、「全愛会」「青思会」「全有連」と尽力してきましたが、どれもこれも挫折しました。この失敗の教訓から最後に私が辿りついたのが、不条理・不合理に耐え抜いて、そして耐えかねかけている庶民の力・熱意でした。一つの「流れの型」さえ出来れば、私を黒子として、真剣な右翼の若い力も結集できると考えています。日本民族の子孫の為に、「神の国」「天皇の国」を残そうではありませんか。

                              敬具

      平成十五年五月吉日

                            石井一昌

          様

なお、「暴対法」関連の参考は下記です。http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/gokoku_title.htm