|
坂 俊毅さん、メール有難う。心から!!
そして、メールを下された皆様、返事が遅れて済みません。
病院に行っても判らない病気が有るんですね。
折角、聞いてあげよう、理解してあげよう、と言って下さる方々が居られるのに、と内心焦って筆を執り、悪化して、又々休んでしまいました。
「でも」もう大丈夫です「死ぬ迄」。全有連(全国有志大連合)も送り出したし、若い人達も親身になって助けてくれていますから。
戦後の空白を埋めて、『再生日本』を創り出す皆様の御力に、判断材料となる幾分かの資料を吐き出し、役立たせてみせます。「庶民の屑」である最低の男の「どん底」からの声を、何卒、今後も聞いて下さい。貴方方の中に、この国の将来が託されているのですから。!!
嘘と偽善で、日本人同士ですら理解できない国が、世界の人々の理解を得られよう筈がありません。世界を無視した国の存在はありません。私は、最悪?の毛嫌いされている右翼が出発点になりましたが、一事は万事に通じる筈だと、一筋にやって来ました。評判はご存知の通りの右翼ですが、最高に良いところも有ります。それは、人間として極限の真実、正しさを認めてくれ、受け入れてくれる事です。上手く表現できませんが、今後とも、一つ一つ書いて行く心算です。
元来、負ける喧嘩はしない私です。まして、この度は国の為の闘いですから、何としても負ける訳にはいきません。気の短い私が、45年も費やしてきた訳も書いてみたいと思っていますが、夢でしょうね。!
「本音でぶつかって来てくれると嬉しいのですが…。勝ち負けより、はたで見聞する人の判断材料が生まれますから」。
真摯な嬉しい有難いメールが、山岡さん、橋本親承さん、田上亮さん、新居孝司さんより頂いております。今後はその返事の中に、私の訴えたい事を盛り込ませてもらいます。
坂さんの言われた、当然通っている筈の一本の心棒が欠落しているのです。何を言っても、何を騒いでも駄目ですよね。
国賊野郎だと思っていた自民党の野中が八月、滋賀県で行われた講演で、「戦争体験者がいるうちに」「過去の歴史が、完全に欠落した中で新しい教育を受けてきた人達にいくら語ろうが、あの異常な時代の出来事を理解してもらう事はできないと思う」。等々、語っていた彼も74歳です。貴兄の言われる、敗戦の時20歳、30歳代で私と同年代です。ものを言えない時代背景があったにせよ、これからの時代を担う人達に当時の体験を話すことは、大事な事です。貴兄のメールの中に日本の再建が在ると存じます。「愛」が在るメールです。モノを書く野郎は敵だと思っていた文才も無い私をトチ狂わせたのですから。!!
拙著に書いた、笑って殺せる25人(現在では、多少の増減があります)の中の一人で、切れない刀で叩斬ってやりたかった読売の記者、「三田和夫」氏は、今では私の心からの師です。現在、益々盛んに『正論』という新聞を出され、国の為に気を吐いておられます。私に関する記事が載っていますので、側面からの自己紹介という意味で掲載させて頂きます。
坂さん、戦中、戦後を通して最大の戦犯は、社会の木鐸で在るべきマスコミです。私の青春時代は、命令と規則、忍耐と我慢で生かされ、息苦しさに耐え兼ね情報を模索しました。そして、目にするのは新聞の活字です。
”鬼畜米英”洗脳されました。戦後は一転、”一億総懺悔”で大切な発言を封じてきました。その新聞が立派そうに再販制度を叫んでいます。
国民がマインドコントロールから目覚めるのであれば、インターネットは大事に活用されるべきだと考えます。
先ず、仮面を剥すことから始めたいです。
以下に、三田和夫氏が発行する「正論新聞」から一部ご紹介します。
誇り高き日本の明日のために!
右翼は、いま、なにをどうしているのか
三田 和夫
この二、三面を通して組み込んだ、「上越市長セクハラ裁判」で、選挙を控えた白川勝彦参議院議員が、記者会見を開き、「この裁判の原告側の取下げには、ヤクザが絡んでいた」として、その二人の名刺を発表した。
その二人とは、「日本青年社・副会長」と「住吉一家小林会・理事長」である。この日本青年社というのは、児玉誉士夫直系の小林楠男(故人)が創立した右翼団体である。むかし話だが、スカルノ大統領が来日して、赤坂のホステス、根本七保子(のちのデビ)と帝国ホテルで情事にふけっている時、若き日の小林が、張り番の警備をしていたものだ。
小林の没後、この日本青年社は衛藤豊久があとを継ぎ、ヤクザ部門は他の人物が受け継いだ、と承知していた。
本紙の児玉批判キャンペーン当時、衛藤が四、五人の制服姿の隊員を連れ、本紙事務所に抗議にきたりしたので、強い印象を持っていたものだ。ところが、衛藤が日本青年社を”離れた”と聞いて、会いたい旨を伝えたのだが、「報道関係者とは会わない」と、断りの返事が、人伝てにあったので、気になっていたものだった。…それが、こんな形で日本青年社の”存在”を耳にした。
それに追い討ちをかけるように、六月七日には、月刊「噂の真相」編集長に暴行を加えた二人が逮捕された。彼らは、日本青年社三多摩本部行動隊長と副隊長と称している。
と、こんな”右翼の事件”がつづくなかで、私は、石井一昌を想い出した。
私の、読売記者時代の護國團取材で知り合い、ヒョンなことから、彼の「暗殺リスト」に私の名前が加えられるという仲になった。
その後、彼が出所したのちに、さる人物が、「君も右翼として生きるならば、仲直りすべき人物だ」として、二人は敵対することなく相逢ったのだ。
彼の初めての著書「日本を哭(な)く」では、いろいろと手伝ってあげた。その序文の最後の行には、こうある。
「誇り高き日本、世界の軽侮を招かない日本、その実現こそが私の念願である」
平成七年十一月、七十歳になって自費出版した著者の序文の結びにこうある……私はそれを読んで、「なんというロマンチストか」と思った。
かつて、暴力こそが時代の”突破者”だと信じて疑わなかった男が、右翼の理想に目覚めて、さる昭和五十六年、右翼人の統合を目標に、片岡駿・初代会長を中心に、全国有志大連合(全有連)を組織した。
その石井が、現実論として主張してやまないのが、「ヤクザと右翼」の二枚看板をやめろ、というものである。右翼たらんとするならば、ヤクザの足を洗え。ヤクザなら、右翼を名乗るな……それが、石井の持論である。
と同時に、石井が黒子役をつとめる、全有連運動の基本でもある。
「全有連は、確実に育ってきていますよ。もう十九年経ちました。来年、二○○一年には二十歳になるのです。右翼は”個”なのです。その個の集合体が全有連です。優秀な人材、個が着実にふえているのです」
石井は、熱っぽくそう語った。前に、ロマンチストだと書いたが、これまで長い時間をかけ、これからも時間をかけて、”個の同志”を求めつづけている情熱はナニなのか。
右翼は個である……石井の持論を聞きながら、私は、四十年も前の事件を思い出した。
昭和三十五年十二月十二日。六○年安保の年のこと、日比谷公会堂での三党首演説会の壇上に踊り出たひとりの男が、浅沼稲次郎・社会党委員長を刺した…。この毎日新聞夕刊の生々しい写真。男は両手を構え、腰を落として、すでに一刺ししたあとか、つづけての攻撃の姿勢である。
「…左胸の下を刺され、…救急車で日比谷病院に収容されたが、途中死亡した…」
記事の見出しで読み取れるよう、「犯人は十七歳の少年・反共青年連盟員」とある。この少年、山口二矢(おとや)は、事件から一ヶ月もしない十一月二日、家裁送りとなった鑑別所で、首つり自殺したのだった。
まさに”右翼は個”なのである。反共青年連盟員と報じられていたが、当時の記事を調べてみても、この「反共青年連盟」が、家宅捜索を受けたり、逮捕者が出た様子はない。
私は、四十年前のこの政治テロ以後、四十年間も、政治テロが途絶えていることに、いまの「政治腐敗の根源」があるのではないかとさえ、思うのである。
この日の毎日紙の「犯人は十七歳の少年」という見出しに、いま改めて衝撃を受けている。もちろん、いまの「十七歳]と比べて、この四十年の間に「日本は誇りを失った」原因は、やはり、自民党一党独裁の腐敗のせいだと信じる。
同日の朝日紙夕刊は「犯人・右翼少年を逮捕」(逮捕は当然で、見出しに入れる必要はない)、読売紙夕刊は「犯人は右翼少年(17)」で、ともに、整理記者のセンスを疑う。それは両紙の写真がダメなのと同じである。毎日紙の「犯人は十七歳の少年」は、実に四十年後の今日を照射しているのである。
では、どうして日本は誇りを失ってしまったか?
まず第一に、政治家が誇りを失ったからである。第二に教師が、第三に警察が誇りを失ったのである。官僚も、医師も、弁護士も、いわゆる”社会の指導層”のすべての人たちが、「天」をおそれなくなり、次に国民大衆をナメ切ってしまったのである。
例えば、ヤクザである。ヤクザの出身分野は、博徒と香具師(ヤシ)と不良少年に大別されよう。まず、博徒は公営賭博に”生業”を奪われ、ついでにパチンコまで、警察にとって代わられた。ヤシは祭りや盛り場から閉め出された。…それも、時代の流れといえるかもしれない。しかし、パチンコ利権を警察が握ったことだけは、現実に、警察の堕落ぶりを見る時、警察幹部が利権をほしいままにしている姿が、一般警察官にどのような悪影響を与えたか、これは許せないことだ。
「天」をおそれざる指導者に、覚醒を促すすべは、もはや、政治テロしかないのでは、ないだろうか。
その時、期待されるのは、右翼である。
「信念のために人を殺(や)れるか」という著書を出した石井は、私のこの意見に賛成しなかった。「右翼は、まだ、力を蓄える時期なのです。そのための全有連運動なのです」
禅問答のような、石井と私との会話だったが、彼の瞳の輝きは消えていない。キラリと光るその眼は、なにを意味するのだろうか。
笑顔の時の、あの柔和な目は、時間をかけて待ち、さらに時間をかけることを意に介しない、まさにロマンチストの眼であった。
誇り高き日本の、明日のために、である。
老狼
|